
2005年07月31日
出張:米国(帰国)
今日の 15:30 に成田に戻ってきました。
米国最後の日は空港に行くだけだったので何の心配もしていなかったのですが、最後にちょっとしたアクシデントがありました。朝ホテルを出てレンタカーで空港に向かったのですが、フリーウェイを走っても走っても空港を示す標識がありません。そのうち、来るときには見たことがない風景が現れてきます。こんなに遠いはずはないと思って地図を確認したら、とんでもなく行き過ぎていました。U ターンしたのですが結局空港を示す標識はなく、地図を頼りに何とか空港にたどり着くことができました。ホテルを早めに出発していたので事なきを得ましたが、空港くらいわかるようにしておけよ、と腹が立ちました。
飛行機はほぼ予定時刻に成田到着。無事に着陸してくれるとホッとします。成田から横浜駅までの直通バスに乗ったのですが、都内が事故などで混んでいるということでアクアライン経由のコースに変更。アクアラインは初めて通ります。
《アクアラインから見た風景》
19:00 頃帰宅。お疲れ様です。しかし 3 泊 5 日の海外出張はは辛いですね。次に社員が行くときは、もう少し余裕を持って出張させたいです。
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2005年07月30日
出張:米国(3日目)
今、夜の 11:45 です。長い一日でした。
朝 4 時過ぎに目が覚めたので、そのまま今日のミーティングのための原稿作成。そして、昨日スーパーで買ったパンやサラダで朝食。
11:00 、サンフランシスコ近郊にあるローカライゼーション会社を訪問して情報交換。今後も継続して連絡を取り合うことを約束する。
13:30 から 16:30 まで昨日と同じ客先でミーティング。新しい製品の話が非常に興味深くおもしろい。そして、これで今回予定していた仕事はすべて終了。
夜は、客先のマネージャーであり、古くからお付き合いのある日本人夫妻に誘われタイ料理の店で食事。日本人好みの味でそれほど辛くもなく美味。米国に来て初めておいしいと思えるものを食べました。
明日はいよいよ帰国です。
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2005年07月29日
出張:米国(2日目)
昨夜はビールを飲んで 9:00 過ぎには就寝。今朝起きたのは 7:30 頃です。
夜中 2 時間おきくらいに目が覚めましたが、睡眠時間は十分なのでスッキリしています。顧客とのミーティングが午後からなので、午前中はホテルでメールチェック、そして今更ながら英会話の MD を聞いて過ごしました。
昼レンタカーで客先へ。

車でないと回れない広い敷地に、たくさんの低層の建物をゆったりと並べた贅沢なつくりです。
昼食を挟んで、12:00 から 18:00 までミーティング。話はほとんど同行したローカライゼーションのディレクターがしたので、私は横で「うむうむ」とうなづいていました。でも、フェーストゥフェースのミーティングは意義がありました。メールのやり取りだけでは得られない情報を得られ、わざわざ来た甲斐があったというものです。
ミーティングが終わったらスーパーマーケットで食料を買い込んでホテルへ。こちらは日が暮れるのが遅く、夜の 8:00 でこの↓明るさです。
《やっと夕日が沈む》
《ホテルの入り口》
これなら、サマータイムで仕事を早めに切り上げようというのもわかります。
明日もまたミーティングです。
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2005年07月28日
出張:米国(初日)
急なことですが、米国に出張です。
太平洋の真ん中あたりで飛行機が結構揺れて、あまり眠れませんでした。映画を 2 本鑑賞。現地時間で 7/27 の朝 9:30(日本時間の 7/28 深夜 1:30)サンノゼ空港に到着。到着時間は予定通りでしたが、入国審査で全員の指紋と顔写真を取ったため、通り抜けるのに結局 1 時間近くかかりました。
それからレンタカーを借り、以前行ったことのあるスタンフォード大学へ。そこで地元の詳しい地図を購入してついでに昼食。しかし、ここのキャンパスは広く開放的で、建物は歴史を感じさせ、最高学府としての威厳に満ちています。こんなところで学べるなんて本当にうらやましい。

それからホテルへ。途中道に迷ったり、ホテルを間違えたりしましたが、何とか 15:00 頃到着。眠いです。今日は早めに休みます。
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2005年07月22日
英会話教室
クーラーからの避難生活 2 日目です。
今日も応接室で仕事していました。でも、じっくり考え事をするには遮断されている分集中できていいです。書き物をするにはテーブルが低くて腰が痛くなりますが。
今月から週に一度英会話学校の講師に来てもらい、出前英会話教室を始めました。ある社員の発案だったのですが、全社員に英会話についてのアンケートを取ったところ反響があり、それならばと会社の公式な自己啓発支援活動として始めることにしたのです。仕事上英語に関わる社員は元より、それ以外の社員も結構参加しています。まだ始めたばかりですが、終わった後の受講者同士の話を聞いていると、緊張しながらも仕事とは違う刺激を楽しんでいるようです。これを機会に自己啓発(新しいことに挑戦すること)の快感を覚えてほしいですね。
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2005年07月21日
寒い
私の席はエアコンの冷気がまともに当たって非常に寒いです。
これまで何とかごまかしながら我慢してきましたが、今日はついに堪りかねて応接室へ避難しました。あのまま自分の席に居たら冷房病になってしまいます。
応接室で仕事をしていたら、見かねた社員が秘密兵器を見つけてくれました。その名は「AIR WING」です。「オフィスの風を変える!」というコピーで、読むと私のニーズにぴったりです。さっそく東急ハンズへ行って買ってきました。そして取り付けたのが下の写真です。
《窓側》
《部屋側》
窓側はよかった。冷気を外に逃がして直接当たらないようになったのです。しかし、部屋側はダメでした。ご覧のとおり、吹き出し口のすぐ先に梁があり、冷気はその梁に当たって真下にいる私を直撃します。AIR WING 君も腕が短くて梁の下まで伸びません。うーん、残念。
しかし、どう見ても設置ミスだよなあ。こんなところにエアコン付けるなんて。前の住人はいったいここで何をしていたんだ! と、だんだん腹が立ってきます。結局机を移動するしかないか。
【本日の昼食】関内大通り「竹凛」せいろそば
石臼でひいた打ち立てのそば。でも思ったほどそばの香りがしない。風邪が治りきっていないから?
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2005年07月20日
風邪
風邪を引いたみたいです。
昨日の夕方腰が痛いなと思っていたら、そのうち全身の関節が痛くなり、立っているのもつらい状態です。帰りのバスではつり革にぶら下がるようにして帰宅して、そのまますぐ布団へ。全身が痛く、熱は出て、しかし暑いんだけど汗は出ないという不愉快な状態で朝になり、それからやっと汗が出始めて少し眠ることができました。
夏風邪なんか引くのは××と言いますが、外の暑さとクーラーの効いた室内の温度差は、冬以上に体に負担がかかる気がします。そもそもクーラーの涼しさって不自然だし。私の実家は鹿児島の山の中なのですが、夏に帰省したときに感じるのは、自然とうまく折り合ってるなあということです。日差しの中は暑いですが、都会のようにコンクリートやアスファルトの照り返しがなく、それほど不愉快ではありません。また、家の中に居れば山からの風が入り、扇風機だけ回していれば十分で、めったにクーラーをつけることはありません。何もない田舎だと思っていましたが、今はああいう場所が住むにはいちばんいいのかも、と思います。
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2005年07月16日
ダイエット目標達成
5/18 に 10 kg 痩せると宣言してから今日で 59 日目、ついに目標達成です!
体重 81.6 kg → 71.4 kg(-10.2 kg)
体脂肪率 24.8 % → 18.1 %(-6.7 %)


最後はかなり強引でした。昨日の夕食はカロリーメイトだけ、帰りは途中下車で 40 分歩いて帰宅。今朝は犬の散歩に 1 時間半。その直後に計測して目標値に 0.4 kg 足りなかったので、さらに30 分のジョギング。その結果、やっと目標をクリアすることができました。
瞬間風速的な数字だとわかっていますが、それでも期限までにクリアできたことでホッとしています。ダイエット開始当初は内心もっと早く達成できると思っていたのですが、そんなに甘くなかったですね。とりあえず宣言した目標値は達成しましたが、ベスト体重はもうちょっと下なのでこのままダイエットは継続します。人生最後のダイエットだと思っているので、今度は絶対リバウンドしないように気を引き締めて。
夜は息子と一緒に三ツ沢競技場で横浜FC対湘南ベルマーレの試合観戦。

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2005年07月12日
人事給与制度
10 月からの新年度に向けて人事給与制度を見直しています。
端的には、より業績(成果)に連動する制度に変更するのが趣旨です。そのためにいろいろ本を読んだり、ネットで情報を集めたりと勉強中です。
「成果主義」については、昨年『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊
』という本が話題になりましたが、この制度自体の評価が揺れています。「成果主義」にはもれなく「目標管理」というものが付いてくるのですが、この運用が問題になります。短期の目標にとらわれ長期的な会社の成長に結びつかない、達成しやすい目標設定に走った結果全員の目標値を合計しても会社全体の目標に達しない、利己的な考えが優先してチームワークが破綻する、などです。その成果主義の問題を克服するためにいろいろな議論があり、成果主義を一歩先へ進めようという人もいれば、逆に昔の年功序列の方が優れていたという人もあり、またその両方の長所を取り入れようという人もいるようです。
結論としては、どの会社でも成功する究極の人事制度は存在しないわけで、その会社の規模、成長段階、事業領域などに応じて工夫するしかないということです。ただ、経営者として絶対忘れてはならないのは、会社の成長は社員の成長にかかっているということ、つまり社員が成長できる環境や制度とは何か、という視座だと思います。本やネットで集めた情報にばかり頼って、システム先行にならないよう自分を戒めています。
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2005年07月09日
ブルーライトヨコハマ
昨夜、週末の夜は役員連中で飲みに行きました。
まず、大桟橋前にある「スカンジア」という北欧料理のレストランで食事。雰囲気も味も正統派の西洋料理という感じです。
その後、大桟橋の中にあるレストランで飲み直し。小雨の降る天気でしたが、夜景は見事でした。
《みなとみらい方面》
《マリンタワー、氷川丸》
《ベイブリッジ》
大桟橋自体も全面的にウッドデッキで包まれていい雰囲気です。夜は圧倒的にカップルが占めていますが、昼間子供を連れてきても喜びそうです。
その後、伊勢佐木町まで歩いていき「パセラ」という店でカラオケ。他の部屋の音が気にならなく、曲数も多くていいお店でした。
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2005年07月08日
ダイエット7週間経過
ダイエットを始めて 7 週間が経過しました。今日でちょうど 50 日目です。

今日の朝の時点で 開始前に比べて8.6 kg 減でした。そして、予め宣言していた期限(7/18)まで残り 1 週間となりました。1 週間であと 1.4 kg の減というのは微妙な数字です。だいたい週末に 1 kg くらい戻ってしまうので、今週末は気を引き締めて抑えなければいけません。来週が最後の報告になります。がんばるぞー! 気合だ! 気合だ!! 気合だあ!!!
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2005年07月07日
横浜らしい
創立 10 周年のパーティ以来初めて D'epice(でぴす)へ行ってきました。
事務所からだと関内大通りを越えた先にあるので、昼休みに行くにはちょっと躊躇する距離です。そこに行くまでに他に食べるところはいくらでもありますからね。
パスタランチ(1260円)をいただきました。野菜がおいしいです。できればもっと野菜をのせてほしい。

他にデザートと飲み物が付きます
この後時間があったので、大桟橋付近まで行ってみました。曇ったあいにくの天気ですが、山下公園から赤レンガ倉庫に続く「開港の道」というプロムナードを歩くと、絵に描いたような横浜の風景が広がります。

大桟橋。ベイブリッジは曇ってよく見えない。

赤レンガ倉庫、みなとみらい方面。一人海を見て佇むおじさん。
ここから馬車道を通って事務所に帰る道は、まるっきり観光コースです。横浜好きの人間にとっては、歩いているだけでウキウキした気分になります。気分転換には非常にいいです。
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2005年07月06日
オリンピック開催地
天気がすっきりしないせいか、このところモヤモヤした気分が続いています。
思い切って体を動かせば気分も変わるかと、仕事を早めに切り上げて泳ぎに行きました。場所は横浜国際プールです。閉館 1 時間前に着いて、45 分ほど泳ぐことができました。何とか 1000 メートル泳ぎましたが、上がると足を引きずるほどぐったりです。これでビール飲んで寝れば、明日はスッキリした気分になる?
2012 年のオリンピック開催地がロンドンに決まりました。事前の予想ではパリが優勢だと伝えられていましたが。しかし、候補に残っていたのは、ロンドン、パリ、ニューヨーク、モスクワ、マドリードです。欧米の主要都市ばかりで、何だかなあという感じです。オリンピックは単なるスポーツの祭典ではなく、開催地の都市計画と経済に大きな影響を及ぼす重大なイベントです。大規模な施設建設による雇用の拡大、交通網などインフラを整備することによる都市の発展、さらにたくさんの観客が来ることによる経済効果など、政治、経済にも多大な影響を与えます。各都市が必死になって誘致合戦を行うのもうなづけます。
1964 年の東京オリンピックは、日本が完全に復興したことを世界にアピールし、カラーテレビなどで内需が大いに沸き立ち、そして日本人に自信を取り戻させた、日本にとって非常に意義のある大会でした。近代オリンピックの歴史を振り返ってみると、昨年のアテネまでに夏冬合わせて 47 回(中止を含む)を数えます。そのうち、南半球で開催されたのは 2000 年夏のシドニーだけ。アジアでの開催は 日本が 3 回(東京、札幌、長野)、韓国が 1 回( 1988 年夏のソウル)の 4 回だけ、アフリカや南米ではまだ一度も開催されていません。政治、経済、治安などの現実的な問題が存在することはわかりますが、可能性のある都市があれば欧米以外の開催を意図的に推し進めてもいいのではないでしょうか。発展途上国の人たちが自信を持つことができる意義は大きいはずです。スポーツと政治を切り離すことができないなら、いっそ前向きに利用してほしいと思います。
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